2017-02

漫才師 ア行

荒川末丸・玉子家艶子

荒川末丸・玉子家艶子は、東京漫才の創成期に活躍した漫才師。末丸は玉子家圓辰の直弟子だというが謎が多い。大和家八千代一座で活躍した。
漫才師 タの部

橘家デブ子・花輔

橘家デブ子・花輔は戦前に活躍した漫才師。花輔は、噺家の出身。デブ子は見た目を芸名にしたというが謎が多く残る。
漫才師 ア行

東亭花橘・玉子家光子

東亭花橘・玉子家光子は大正から戦後まで活躍した漫才師。高座の上で餅を搗き、曲芸を見せる芸を売り物にした異色のコンビであったという。芸歴も長く大正時代から戦後にかけて、四十年近く活動した。
漫才師 ア行

東喜代駒

東喜代駒とは、東京漫才の元祖と言っても過言ではない漫才師である。上方漫才の影響を受けながらも、その流れに従う事なく、独学で奮闘し、はじめて東京人による東京漫才を完成させた功労者というべき存在であろう。
東京漫才を彩った人々

東京漫才を彩った人々

※一応、時代別に区分をしておりますが、結成年不明なコンビも多く、推測で区分したものが多いです。何卒ご了承ください。随時、更新していく予定です。 (大正~昭和ひと桁) 東喜代駒 東亭花橘・光子 荒川清丸・玉奴 荒川末丸 ...
東京漫才とは何か

東京漫才のすべて 序

かみさびて鳴かず飛ばずの万才も流浪の民と共に笑はむ 喜利彦 山人 
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