2019-01

漫才師 ア行

大津小万・大津小百合

大津小万・大津小百合とは戦後に活躍した女流漫才である。共に大津お萬の門下生同士で結成された模様である。三味線漫才を主体とした女流コンビであったが、判らないことが多い。小萬はお萬の惣領弟子のような存在であった。
漫才師 タの部

高原妙子・松林桂右

高原妙子・松林桂右とは戦後に活躍した夫婦漫才であり、曲芸師・サイクル松林の両親である。ギターとアコーディオンというオーソドックスな音曲漫才を得意とした。
漫才師 タの部

隆の家栄龍・万龍

隆の家栄龍・万龍は戦後に活躍した母娘漫才である。万龍が母、栄龍が娘である。ウーマンリブ的なネタと万龍の豪快な笑い声で、ラジオの人気者となった。
東京漫才を彩った人々

小宮凡人・凡児

小宮凡人・凡児は戦前戦後に活躍した漫才師。小宮凡人は、喜劇役者としても有名で、幼いころの色川武大と不思議な交友関係を持っていた。漫才師としての活動期間は短かったようである。 
漫才師 ハの部

春の家金波・銀波

春の家金波・銀波は、曲芸漫才を得意としていた漫才師であり、浅草に長らく住んでいたという。今でこそ曲芸漫才は殆ど絶えたが、戦前から戦後の一時期まで大津検花奴・菊川時之助、南晴夫・晴美など曲芸を主とする漫才師が居た。見栄えするので人気もあったという。
漫才師 マの部

牧タンゴ・山路はるみ

牧タンゴ・山路はるみは戦前に活躍した夫婦漫才師。浅草を中心に活躍したが、タンゴが夭折した。山路はるみは後年の十返舎菊次である。
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