2019-08

漫才師 ア行

東イチロー・ハチロー

東ヤジロー・キタハチの弟子だという。戦後活躍した。なお、「東ハチロー」は、東貴博の父親で、一世を風靡したコメディアン「東八郎」と同姓同名であるが、特に関係はない。
東京漫才を彩った人々

新山えつや・ひでや

新山えつや・ひでやは高度経済成長期から平成にかけて活躍した漫才師。民謡漫才で鳴らしたが、えつやの病気でコンビ解消。ひでやは妻のやす子とコンビを組んで、夫婦漫才として人気を取り戻した。
漫才師 ハの部

新山悦朗・春木艶子

新山悦朗・春木艶子は戦後活躍した夫婦漫才。落語協会に所属し、ギターと三味線を持った音曲漫才を展開。艶子が早口で悦郎を圧倒するネタが売りであり、長年寄席の漫才として活動を続けた。弟子に新山ノリロー・トリロー、新山えつや、ローカル岡などがいる。
漫才師 ア行

笑福亭茶福呂・秋野華枝

笑福亭茶福呂・秋野華枝は東京漫才の創成期に活躍した一組。夫婦漫才であったという。茶福呂の前歴は殆ど謎に包まれている。が、笑福亭と名乗っている所から上方落語の出身だった模様。昭和初期から戦後まで30年近くにわたって活動を続けた。
漫才師 ア行

荒川芳夫・千枝子

荒川芳夫・千枝子は戦前活躍した夫婦漫才。関西の荒川芳丸の門下だったという。浪曲漫才を得意としたほか、古今亭志ん生・三遊亭圓生らと共に終戦直前の満州にわたり、逃避行をつづけたメンバーの一組でもあった。
漫才師 サの部

坂野比呂志・小林美津子と坂野比呂恵

坂野比呂志・小林美津子と坂野比呂恵は戦前に活躍した夫婦漫才師。複雑な三角関係を形成した。坂野比呂志は漫才から足を洗った後は、大道芸漫談に転向。芸術祭を受賞し、テレビや舞台で大活躍した。 
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