演芸書籍類従

室町京之介『漫才千夜一夜』(演芸書籍類従)

『漫才千夜一夜』は、『内外タイムス』(1951年10月18日号~27日号)に掲載された演芸作家・室町京之介の連載です。掲載紙が掲載紙だけになかなか下世話な話題もあるのですが、それを差し引いても当時現役だった漫才師の経歴や逸話が掲載されていて貴重です。
演芸書籍類従

相羽秋夫 『上方演芸人名鑑』(演芸書籍類従)

「上方演芸人名鑑」は『漫才入門百科』の作者である演芸評論家・相羽秋夫の事実上のデビュー作です。『名鑑』と称するように、1980年当時健在だった芸人と、それ以前に亡くなった(1964年以降ころから15年間)芸人たちをまとめた人物事典のようなものです。
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アサヒ芸能新聞『関東漫才切捨御免』(演芸書籍類従)

『関東漫才切捨御免』は演芸作家・松浦善三郎(泉三郎)が1953年10月から1954年4月まで、『アサヒ芸能新聞』(アサヒ芸能の前身)に連載していた芸評です。「切捨御免」と称したように、当時の漫才師の芸風や動向を忖度することなくズバズバ切り捨てています。
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大空ヒット『漫才七転び八起き』(演芸書籍類従)

東京漫才の大幹部として知られた大空ヒットが最晩年にまとめた自らの一代記です。「七転び八起き」と題した様に、幼少期からはじまって芸能界入りの顛末、漫才界入りの事情、喜代駒の身内になって東京漫才界の仲間入り、戦後の夫婦漫才結成と解散――といった転々とした人生が描かれています。
演芸書籍類従

秋田実『大阪笑話史』(演芸書籍類従)

『大阪笑話史』は漫才作家の父として知られる秋田実が1963年に『大阪新聞』に連載していた「漫才の笑い」なる連載をまとめたものです。秋田実の死後に刊行された関係もあってか、巻末には秋田実の年譜・年表が紹介されており、事実上の「遺稿集」となっております。
演芸書籍類従

富澤慶秀『「東京漫才列伝」』(演芸書籍類従)

『「東京漫才」列伝』は記者の富澤慶秀が、21世紀の幕開け前後に採録した東京漫才師への聞書きをまとめた「東京漫才師達のインタビュー録」というべき一冊です。『東京漫才列伝』と仰々しいタイトルですが、中身は至って明朗な芸人録となっています
演芸書籍類従

小島貞二『漫才世相史』(演芸書籍類従)

『漫才世相史』は演芸家研究家・小島貞二が「漫才の歴史はハッキリ調べて発表されたことがない。一度調べて発表しよう」という志で完成させ、一九六五年に毎日出版社から発行・発売された漫才の歴史をまとめて綴った労作です。
色物のすべて(仮)

桂一奴(百面相)

桂一奴は戦前活躍した百面相の芸人。古今亭今輔、桂小南、春風亭小柳枝門下を転々としながら、百面相を独学し、「人物模写」「名士百面相」の肩書で売出した人物である。その肩書通り、政治家やタレントといった人物の癖や風貌を真似るのを得意とした。
色物のすべて(仮)

春風やなぎ(音曲)

春風やなぎは戦前活躍した音曲師。「春風亭やなぎ」と記す場合もある。元々欧米航路の船員であったが、天性の美声を見込まれ音曲師になったという変わり種であった。明瞭な音曲は数多くのレコードに吹き込まれ、一躍レコードスターとして活躍をした。
東京漫才を彩った人々

とんぼと三吉(東とんぼ・水野三吉)

とんぼと三吉(東とんぼ・水野三吉)は戦後活躍した漫才師・コント芸人。とんぼはWけんじの東けんじの弟子で、かつては田口れんじと「Wコミック」で売れた芸人。水野三吉は「ザ・ハプニング」「笑企業」などのコント集団を経て、漫才になったという変わり種。
演芸書籍類従

相羽秋夫『漫才入門百科』(演芸書籍類従)

相羽秋夫『漫才入門百科』弘文出版(2001年発行 262頁 サイズ・A5)演芸評論家・相羽秋夫が自身の経験や調査を基にまとめた漫才の歴史書がこの『漫才入門百科』です。珍芸や雑芸の方面における漫才に触れているのも大きな特徴です。
東京漫才を彩った人々

瀧川鯉かん(音曲・掛合噺)

「瀧川鯉かん(音曲・掛合噺)- 色物のすべて(仮)」瀧川鯉かんは戦前活躍した音曲師・掛合噺の名人。美声の音曲と入船米蔵との息の合った掛合噺が売り物で長らく柳派の看板として活躍。ラジオ黎明期のスターとしても活躍を続けた。
色物のすべて(仮)

植村兼雄(ハーモニカ)

「植村兼雄(ハーモニカ)- 色物のすべて(仮)」植村兼雄は戦前活躍した色物芸人。ハーモニカ演奏を基盤に曲弾や二重奏など独特の奏法で人気を集めた。柳家金語楼に可愛がられたおかげで、初期の日本芸術協会の興行メンバーでその名前を確認することが出来る。
色物のすべて(仮)

二代目三升紋弥(曲独楽)

二代目三升紋弥は戦前活躍した曲独楽の名人。関西の三升家紋右衛門の弟子で、師匠の前名「紋弥」を襲名。昭和以降は東京の落語家団体に入って貴重な曲独楽芸人として活躍を続けた。昭和・平成と活躍した三代目三増紋也の父親でもある。
色物のすべて(仮)

柳家あやめ(百面相)

柳家あやめは戦前戦後活躍した百面相の芸人。あやめの名跡そのものは二代目に当たるという。色物席や余興で活躍をし、人気を集めた。戦前戦後長きにわたって活躍した大朝家美代子・豊子の実の父親でもある。
色物のすべて(仮)

山田天心(琵琶・柴笛)

山田天心は大正期に活躍した寄席芸人。元々は琵琶の師範であったが、「大衆的な琵琶」を志して寄席入りし、柴笛と講談、浄瑠璃の味わいを入れた独自の音曲を展開し、人気を集めたが、1923年9月の関東大震災に巻き込まれ、悲劇的な最期を遂げた。
色物のすべて(仮)

帰天斎小正一(奇術)

帰天斎小正一は明治から大正にかけて活躍した奇術師。元々落語家であったが、奇術の帰天斎正一に弟子入りし「帰天斎小正一」を襲名。落語家団体の貴重な色物、西洋奇術の名手として人気を集めたが、1923年9月の関東大震災に被災し、悲劇的な最期を遂げた。
色物のすべて(仮)

趙相元(奇術)

趙相元は戦前活躍した奇術師・曲芸師。名前の通り、中国系の人物で器用な芸を見せた。中華曲技ブームで来日し、そのまま日本人女性と結婚。日本の芸人となった。息子が戦後、三味線漫談で活躍した二代目柳家三亀松。
色物のすべて(仮)

春風亭華扇(踊り)

「春風亭華扇(踊り)- 色物のすべて(仮)」春風亭華扇は戦前活躍した落語家・舞踊家。春風亭華柳の愛弟子であったが、落語よりも音曲や舞踊を得意とし、色物芸人の色合いが強かったという。睦会の花形であったが夭折をした。
色物のすべて(仮)

17代目海老一海老蔵(太神楽)

海老一海老蔵(17代目)は戦前戦後活躍した太神楽の親方。海老一宗家を継承し、海老一染之助・染太郎の師匠として活躍した。品のある曲芸を得意とし、若くして成功をおさめたが、戦後は病気がちであった。娘の一人が桂小益(文楽)に嫁いだ関係から、文楽は娘婿に当たる。
色物のすべて(仮)

揚羽家延八(漫芸)

揚羽家延八は戦前戦後活躍した幇間出身の漫芸家・腹話術師。牛込幇間の売れっ子として知られ、声色、舞踊を達者にこなしたほか、大辻司郎や東喜代駒と手を組んで、独自の漫談・話芸の展開を行った。元祖寄席芸人となった幇間の一人である。
色物のすべて(仮)

弄珠子ビリケン(奇術)

弄珠子ビリケンは明治~昭和に活躍した奇術師。地天斎貞一の弟子で「貞王」といっていたが、「弄珠子ビリケン」と改名した。これで「ロウキュウシ」と読むらしい。昭和初期まで第一線で活躍し、後年は地天斎貞一の二代目を襲名している。
色物のすべて(仮)

海老一柳語楼(太神楽)

「海老一柳語楼(太神楽)- 色物のすべて(仮)」春風亭柳語楼は戦前戦後活躍した落語家兼太神楽の後見。落語家として籍を置きながら、大神楽の方面で出演し、そちらで食っていた――という不思議な人物であった。ある意味では雑芸人といえるかもしれない。
色物のすべて(仮)

初代 江川マストン(曲芸)

江川マストン(初代)は戦前戦後活躍した曲芸師。「江川の玉乗り」として一世を風靡した江川一座の出身で、「空中軒マストン」を経て、「江川マストン」を襲名。玉乗り曲技の名人として名声誉れをほしいままにした。倅も玉乗りの二代目江川マストン。
色物のすべて(仮)

地天斎貞一(奇術)

「地天斎貞一(奇術)- 色物のすべて(仮)」地天斎貞一は戦前活躍した奇術師。「シルクハット」を独自に改良した「瞞着帽子」という芸で売り出し、西洋奇術黎明期に名を残し、寄席の奇術という領域を確立した功績を残している。帰天斎正一とは別人である。
色物のすべて(仮)

国守一誠(剣舞)

「国守一誠(剣舞)- 色物のすべて(仮)」国守一誠は戦前活躍した剣舞の芸人。見事な風格と力強い舞台は日比野雷風・大輪正秀と並ぶ程の人気があったという。剣舞家として色物席にたびたび登場をした。
色物のすべて(仮)

春風胡蝶斎(珍芸)

「春風胡蝶斎(珍芸)- 色物のすべて(仮)」春風胡蝶斎は戦前活躍した珍芸を得意とした芸人。落語家から色物に転向し、逆さ獅子と呼ばれる曲芸的な舞踊や足芸、キセルの使い分けなど珍芸で寄席を盛り上がらせたという。
色物のすべて(仮)

桃月亭雛太郎(音曲)

「桃月亭雛太郎(音曲)- 色物のすべて(仮)」桃月亭雛太郎は戦前活躍した落語家・音曲師。乃木大将率いる師団に所属し、日露戦争に従軍。二〇三高地の激戦で重傷を負い、まともに働けなくなってしまったために落語界に入り、一家を成したという珍しい人物であった。
色物のすべて(仮)

東富士郎(バイオリン演歌)

 東富士郎は戦前戦後活躍したバイオリン演歌・バイオリン漫談家。元々は書生節を演じるバイオリン演歌師であったが、演歌の衰退で廃業。東富士子・桂小文治の身内になり、寄席に出入りするようになった。奇人変人として知られた。
色物のすべて(仮)

柳亭雛太郎(舞踊)

「柳亭雛太郎(舞踊)- 色物のすべて(仮)」柳亭雛太郎は戦後活躍した落語家兼舞踊家。落語よりも踊りがうまく、操り踊りや珍芸風の踊りを得意として踊った。芸術協会でも有数の踊り手であったが、40手前で夭折した。

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