牧タンゴ・山路はるみ
山路はるみ(十返舎菊次)
人 物
牧 タンゴ
・本 名 ??
・生没年 ??~1940年代
・出生地 ??
山路 はるみ
・本 名 山下 冨美江 (「一菊」と名乗っていた時代もある)
・生没年 1912年~1972年1月29日
・出身地 東京 四谷
来 歴
山路はるみは、後年の十返舎菊次である。再三同じ経歴を書くのは億劫なので、このサイトのジャンプリンクを置いておく。そちらから経歴を読んでいただければ、有難い。
一方の牧タンゴは、はるみの夫であり、相方である。前歴は一切不明であるが、1933年頃から香盤に現れるので、早いといえば早い。後述する亀造の談話を参考にするならば、1932年頃より漫才をやっているという計算になる。
数少ない談話に亀造の紹介文があるので(『週刊NHKラジオ新聞』 昭和25年12月16日号)、これを引用する。
夫婦じゃねぇンだが 舞台じゃ大切な女房
漫才だけからいうと、このひと(菊次)は私よりもずつと先輩でね。私は先代円生さんの門をくぐつて、丸一小仙の太神楽なんぞやつてから漫才に転向したんだけど、この人は死んだ牧タンゴやいまの万龍なんかと組んで十八年。何となく私と組んでしまつたのは終戦後の翌年だつたから、まだ四年つてえわけか……。
主に浅草の劇場に出演。PCLレコードに一枚だけレコード吹込みをしている。『蒐集奇談』(1994年8月号)によると、
「▼牧タンゴ・山路はるみ PCLレコードに「はやり唄・女給」(K1004)がある。」
なぜこのコンビが……と実に不思議なところである。
人気があったものの、離婚したか、死別したか、はるみは姓を元に戻している。その後、大倉寿賀若と結婚し、一菊と名を改めている。
戦前に牧タンゴが死去した模様で、はるみは隆の家万龍とコンビを組んでやっている様子が香盤に残っている。波多野栄一『寄席といろもの』にも、
牧タンゴ ハルミ
ハルミの最初の夫で次が寿賀若で三人目が亀造で三人共死んだ
という記載がある。少なくとも1950年以前には確実に亡くなっている。
夫を失ったはるみは、相方を転々としたが、戦後に十返舎亀造とコンビを組み、菊次と改名。戦後の一時期大スターの階段を上りつめた、とは上記の頁に書いた。
資料がないので、何とも言いようがないコンビである。
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