立川談志『立川談志遺言大全集 第十四巻 芸人論Ⅱ 早めの遺言』(演芸書籍類従) 

立川談志『立川談志遺言大全集 第十四巻 芸人論Ⅱ 早めの遺言』

講談社 2002年

 戦後落語界の鬼才とうたわれ、色々な逸話と伝説を残した立川談志が生前「遺言」のつもりで刊行した全集の一つです。14冊ほど刊行されましたが、10冊ほどは落語の速記や落語論、残りの3冊は『現代落語論』を筆頭に、自身が執筆した理論書の採録です。

 その中で書下ろしで発表されたのが、この『早めの遺言』です。何だかぶっそうなタイトルですが、内容は「談志の演芸回顧録」というべき随筆集です。

 ご存じの通り、談志という人は落語以外にも講談、浪曲、漫才、喜劇、映画、歌謡曲――と様々な大衆芸能や娯楽に強く、その類まれなる記憶力と知識は、持ち前の毒舌や偏見を除いても、戦後の芸能界の巨匠といっても差し支えないほどです。

 毒舌が多いのがいささか難点ですが、人の懐に入るのが兎に角うまかった事もあり、多くの芸人の芸談や芸風に触れる事ができました。

 その談志の驚異的な記憶力や好奇心を見事に写した一冊といえるでしょう。談志ファンでなくても、「演芸本」として楽しく読むことができます。

 落語が本業だけに落語論を中心に展開していますが、漫才や色物への言及が多く、これが嬉しい。「談志が語ってくれなきゃよくわからない人がいる」という芸人が存在するのも事実です。

 若い頃から寄席や浅草を愛し、寄席の仕事を続けていた事もあり、「寄席漫才」の分野にかけては談志を超えるほどの書き手を探す方が難しいほどです。

 石田一雄・八重子、美和サンプク・メチャ子、都上英二・東喜美江、浅田家章吾・雪枝、西〆子・東和子――などなど、寄席の芸人の逸話や芸風を記しています。

 その回顧先はマイナーな色物にも向いており、腹話術の名和太郎、漫芸の大川喜代志、踊りの柳亭雛太郎といった芸人から、滝の家鯉香や都家かつ江、西川たつといった音曲師たちの音曲の歌詞まで覚えているのですから、天才的な才能です。

 持ち前の毒舌はすさまじく、好きな芸人は好き、嫌いな芸人・変な芸人には容赦なく毒舌や批判を浴びせていますが、時折見せる鋭い批評や「呆れた芸だ」といいながらも回顧してみせる手法は流石というより他はありません。

 また、当人が写してきた写真や「友人に譲ってもらった」という戦前の落語家アルバムを惜しげなく掲載しているのも貴重です。これらの資料は練馬の旧談志邸にまだある事でしょうが、「世に出して世評を問う」という事が研究や資料保存の上でどれだけ大切な事か――

 談志がそれを自覚していたかどうかまでは判りませんが、「資料持っている、知っている」といいながら、出し惜しみばかりする研究者やコレクターよりも素晴らしいことだと思います。

 筆者は談志の主要著書を殆ど読んできましたが、この本の出来が一番いいと思っているほどです。高校時代、地元の図書館に入っているのを見て、凄まじい衝撃を受けた程です。

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