小島貞二『漫才世相史』(演芸書籍類従)

小島貞二『漫才世相史』

(画像は改訂版のもの)

毎日新聞社 1965年(改訂版は1978年)
222頁 サイズ・A5

 演芸家研究家・小島貞二が「漫才の歴史はハッキリ調べて発表されたことがない。一度調べて発表しよう」という志で完成させたという労作です。

 この『漫才世相史』以前に「漫才史」を記したものはほとんど絶無といっていいほどで、あったとしても非常に断片的な記載、雑誌の記事程度のものでした。

 そうした断片を一つにまとめ、「祝福芸であった万歳がどのようなプロセスを経て、今日のスタイルの漫才になったか」ということを論考してみせています。

 自らの足で三河・知多といった漫才のふるさとを訪ねたり、関西や地方に赴いて古老漫才師にインタビューをするなど、自分の足で「漫才」の実像に迫ろうとしています。

 また、戦後直後から長らく記者・ライターをやっていた氏は「超」のつく記録魔でもありました。「演芸」とつく新聞記事や雑誌の切り抜きを大事に持っていたそうで、自身でも漫才の台本集やパンフレットなどを熱心に集めていました。

 そうした文献的資料の裏打ちも、この本の大きな信頼性を生み出しているのは言うまでもないでしょう。

 台本作家としても活躍していた小島貞二は「実際の漫才模様や台本を提示することでどういう掛合や芸が演じられていたか、理解を深める」とでも思っていたのか、歴史や成立の流れを論じながら、その時々に当った漫才の台本や速記を引用して、「漫才はどういう変遷を遂げていたか」と分かりやすく迫ろうとしています。

 最初は三河万歳、知多万歳といった古風な民族芸能の速記から、若松家正右衛門や砂川捨丸といった「滑稽掛合」「芸尽くし」が主流だったころの古いスタイル、そうした漫才の影響を受けながらモダンな形で生まれたエンタツ・アチャコのしゃべくり漫才、戦時中に大流行した立花六三郎・栄二郎の兵隊漫才、東京漫才のスターとして内海突破・並木一路の漫才――そして現在(当時)の漫才として、いとし・こいし、内海桂子・好江の台本がそれぞれ紹介されています。

 台本や速記に直接触れさせることで、芸風の変遷を直接的に知らしめようという狙いは、なるほど台本作家らしい独自の視点と言えるでしょう。

「漫才史」と名乗ってますが、学術論文のような堅苦しさがなく、「面白く読める研究本」になっているのは、台本のチョイスや裏話の入れ方や匙加減がうまい――といえるでしょう。

 とにかく、読みやすさ、面白さ、そして漫才の流れをそれ相応な的確さで記した点においてはこの書物の右に出るものはそうないでしょう。

 と、まあ散々、褒めちぎりましたが、欠点もあります。一言で言えば、「これは事実誤認」「これは小島貞二の主観」といった瑕瑾です。

 特に小島貞二の姿勢で困るのが「別の資料ではAといっているのにここではBといっている」といった齟齬がある事、それに歴史に辻褄を合わせるために歴史を強引に引っ張ってしまう点が挙げられます。

 そのいい例が、荒川清丸をさながら東京漫才の元祖のように書いている事(清丸の聞書きのみでそれをうのみにしている)、喜代駒と染団治を並び立たせている事(売り出しは喜代駒が先で、染団治が後、染団治が権力を握った時には喜代駒は漫才をやめていた)、他にも、日本チャップリンの経歴に間違いがあったり、曖昧な「漫才語源説」を記したり、東京漫才の歴史をあまり深く書かなかったり――と、「なんでここをもう少し深く掘り下げてくれなかった」という点は結構あります。

 ましてやその当時、まだ健在だった芸人が数多くいた中で「どうしてこれを聞いてくれなかったのか」と慙愧に絶えない点もあるのは事実です。

 ただ、この本が書かれたのが60年近く前であること、今日のようにネット環境や復刻版があるわけではなかったこと、小島貞二一人では知り得ない領域があって当然だったこと――と小島貞二を責めすぎるのもいささか酷と言えるでしょう。

「この記述が全てではない、少なくとも誤解や主観はある」といった疑念の姿勢をもつのは大切ですが、その点を除くと「漫才の歴史とは何か」といったテーマを考える上では揺るぐ事のない名著だと思います。

 小島貞二の弟子だった遠藤佳三氏や岡田則夫氏は「これと大衆芸能資料集成は漫才の教科書」と言っていたのを記憶していますが、確かにこの本は、漫才研究の上で基本的な事を知れるバイブルと言っても過言ではなさそうです。

 なお、1965年と1978年の2回、それぞれ出版されていますが内容にそこまで大きな変更はありません。

 改訂版では1965年度版で健在扱いされていた漫才コンビが解散していたり、死亡として書き換えられている事、わかりづらかった点やあとがきが補筆されている点――といった程度の変更しかないと思います。

 普通に「漫才史」を楽しむ上ではどちらを買っても問題はありません。ただ1965年版は紙質が悪く、滅茶苦茶ガサガサして居るので、長く読みたいという場合は後者を買うことをおすすめしますが。

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