東京漫才を彩った人々

息吹 ~大正から昭和ひと桁~

橘家デブ子・花輔

橘家デブ子・花輔は戦前に活躍した漫才師。夫婦だったそうで、浅草を中心に活躍した。花輔は、噺家の出身。デブ子は太った見た目を芸名にしたというが謎が多く残る。
息吹 ~大正から昭和ひと桁~

東亭花橘・玉子家光子

東亭花橘・玉子家光子は大正から戦後まで活躍した漫才師。夫婦漫才であったという。漫才というよりも、高座の上で餅を搗き、曲芸や餅のこねる様を見せる珍芸を売り物にした異色のコンビであったという。芸歴も長く大正時代から戦後にかけて、40年近く活動した。
息吹 ~大正から昭和ひと桁~

東喜代駒

東喜代駒とは、東京漫才の元祖と言っても過言ではない漫才師である。上方漫才の影響を受けながらも、その流れに従う事なく、独学で奮闘し、はじめて東京人による東京漫才を完成させた功労者というべき存在であろう。

無断コピー・無断転載はおやめください。資料使用や転載する場合はご一報ください。