「 漫才師 アの部 」一覧

「ア」からはじまる漫才師です。

大道寺春之助・天津城逸朗

大道寺春之助・天津城逸朗

大道寺春之助・天津城逸朗は戦前活躍した漫才師。野球やボクシングを取り入れたスポーツ漫才を創始し、東京漫才の花形として君臨した。春之助は戦後大江茂とコンビを組み、「凸凹ボップ・ホープ」と名乗った。

東ヤジロー・キタハチ

東ヤジロー・キタハチ

東ヤジロー・キタハチは戦前戦後に活躍した漫才師。しゃべくり漫才で人気を博し、リーガル千太・万吉、内海突破・並木一路などと共に東京漫才のしゃべくり漫才やミュージカル漫才などに貢献をしたが、戦争のためにコンビ仲が引き裂かれ、共に悲惨な最期を迎えた。

荒川清丸・玉奴

荒川清丸・玉奴

荒川清丸・玉奴は戦前に活躍した夫婦漫才師。清丸は玉子家圓辰の門下で、長らく上方にいた。晩年小沢昭一たちに注目され、聞き書きがとられたが、事実誤認や誇大発言なども多く、どこまで本当なのかいまいち信じられない漫才師である。

東喜代駒

東喜代駒

東喜代駒 東京漫才の元祖。1899.4.8~1977.10.10 群馬県館林市出身。東京人向けの漫才を創意工夫で作り上げ、漫才師でも一、二位を争う成功と先駆者的な活躍を見せた功労者である。市村座という劇場を貸し切って漫才師として初となる独演会を行った事を筆頭に、その功績は数限りなく大きい。